地下大学
地下大学東京──秋葉原で起きたこと──
- 日時:7月1日(火)18:30〜20:30
- 場所:明治大学リバティタワー 1122教室
- 6月7日(土)より、高円寺・素人の乱12号店で開校中
6月8日の白昼、秋葉原中央通りの路上ではいったい何が起きたのか?
120秒の間に、残酷な形で交錯したものは何だったのか?
青森に生まれ、各地の派遣「飯場」を転々とした末に、静岡からあの街に現れたKは、
ちょうど40年前に4人を射殺し、遂に刑死したNを呼び戻した。
彼の『無知の涙』が読まれているという。
「あの場所」は、なぜ2キロ西にある水道橋・トヨタ東京本社ではなかったのか?
あるいは3キロ南の丸の内・三菱村でも、5キロ西の新宿・東京都庁でもなかったのか?
大阪では、野宿する人たちや日雇い労働者への不当な逮捕が相次ぐ中、
釜が崎で警察との小競り合いが続いている。
90年前、富山の港町・魚津で女たちが生きるために米倉庫を襲ったのは暑い7月である。その闘いは「米騒動」と呼ばれた。
そして命を落とした人たちの一人、東京芸術大学の女子学生は、3月に行われた
ネグリ招聘(未遂)イベントを知っていただろう。
──あの場所にやって来たKと、そこで殺された人々に
集中したあらゆる動線と、そこから伸びていくものについて
徹底討論したい。
- パネラー
- 鎌田慧(ジャーナリスト / 作家)
- 樫村愛子(愛知大学教員)
- 大澤信亮(「フリーターズ・フリー」誌)
- 司会
- 平井玄(音楽批評)
地下大学──非正規大学「地下大学東京」のために
言葉は奪われている。
歌は奪われている。
思想など、とうの昔に消えてなくなった。
だが今、喰うためには、少なくとも死ぬその日まで生きていくためには、
一塊の言葉が必要だ。今のこの自分は、どんな物質でできているのか。
なぜ、どうして、オレタチ/ワタシタチの生はこんな形になったのか?
そして一体全体、これからどうなっていくというのか?
TVは、人を殴りつける鈍器である。だから、それをすべて叩き壊して、
言葉を創り出さなければ、創られた言葉を貪り喰らわなくては、
死ぬことさえできないだろう。
だが、そうした言葉が生まれ、じっと寝かされ、あるいは煮立てられ、
苦く甘い酒のように醗酵させる「場所」は奪われた。
広場は奪われた。劇場は奪われた。新聞は奪われた。公園は奪われた。
街は盗まれた。ブル─シ─トも、段ボ─ルも、ドヤも、川沿いの土手も、
ガ─ド下も、カフェの片隅も、何もかも奪われようとしている。
組合も、教会も、家さえ消え去ろうとしている。
そしてとりわけ、ありとあらゆる「学校」が死んだ。
大学は、今や gated city (要塞都市)と化した。
それは、国家と企業に奉仕する犬や、その下でこき使われ駆除される
ネズミたちの製造所である。そこで教えられる「知識」や「技術」や
「教養」は、犬を繋ぐ鎖であり、ネズミを取る鉄の歯である。
───そして、【地下大学】が始まる。
そこで語られるのは、鎖を切る「知識」であり、鉄の歯を砕く「技術」
である。教養主義を破壊する「教養」である。
それは、対抗シンポジウムを、大学の外へ、街へ、夜へ、押し開く試みである。
かつてソ連支配下の東ヨ─ロッパに、ヤン・パトチカたちの地下大学があった。
デリダたちの「条件なき大学」の試みがあった。
今、韓国に「スユ=ノモ」があり、ラテン・アメリカにはノマド大学がある。
【地下大学】は、呻きが声になり、声が歌になる、その一歩手前に踏みとどまるだろう。
なぜなら、歌は奪われているから。
【地下大学】は、夜の街、その泥沼を彷徨うTAZ(一時的自律空間)となるだろう。
なぜなら、場所は奪われているから。
地下大学東京@高円寺
- 6/7 (土) 準備集会 【地下大学】のためのRAP/TAZ ──平井玄
- 6/14(土) 文化ゲリラ戦教程 ──イルコモンズ+酒井隆史
以下、7月以降には月1回で続行予定。
- 21世紀アナ─キズムに向けて
- 「夢」への憎しみ
- 文学泥棒──地下文学の系譜学
- 甦る米騒動──地下の歴史
- 寄せ場のモグラたち──聞き取り・日雇い列伝
- 北関東ノマド空間を駆ける
- フリ─タ─を過剰肯定する
- ポストモダン・シニシズムを破壊する
- ジジェク思想を現実化する
- 音楽としての唯物論
etc. etc.
19時より2時間
500円+投げ銭
@高円寺・素人の乱12号店